住職日記

8月1日(水)
 今日から8月1日あっという間の7月でした。お陰様で29日の「子ども・夢・花火大会」大勢の方に喜んでいただき嬉しく思います。また協賛、協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。
 6月は本山、帰って来て花火大会の準備、関係機関への申請、許可、現場立会い、協賛金のお願いとあっという間でした。でも多くの皆様にご協賛いただき、昨年の倍以上打ち上げることができ見ごたえのある花火大会でした。
 次代を担う子ども達に、地域の大人が花火大会で協力する姿は頼もしく映ると思います。そうしたことが夢を与えて行くことにつながり、様々な体験の折り重ねが、心を豊にし、その目指すところは、相手の立場や考えを理解できる人格形成、そして「心」の育成だと思います。子どもが出来ないところを大人がカバーし、体験を重ねる機会を作り出すこと、そこが大人の役割だと思います。
 28日の子ども神輿も、流しそうめん大会も大勢参加していただき「お聖天様夏まつり」を盛り上げていただき感謝申し上げます。
 写真いづれアップします。

 6月12日から15日まで、本山に行ってきました。15日の弘法大師生誕を祝う、青葉まつりに参加するために、13日〜14日に掛けて、大峰山(1719m)の修行道場に入り、垂直な岩場を登ったり、西の覗きでは、羽交い絞めのような姿で、がけ下を覗いたり(下にはお不動さんが祀られているとのことだが、見る余裕など無い)なんとか、頂上付近の急坂を登りきった。新客(初めて参加した人の呼び方)は更に裏の行場に出かけ、足はがたがた状態で、宿坊に入ったのが午後6時。朝6時に本山を出発してから、12時間経っていた。まもなくして夕食を済まし、翌朝4時前に起きて、理源大師が修行した「小笹の根本道場」に向かう。あいにくの風雨。道場跡には過去に36の宿坊があったとのこと。確かに付近は石組みのあとが残っている。しかし、あの山奥でどんな生活をしていたのだろうかと思うと、修行の凄さが伝わってくる。細い険しい道を数多くの修験が通った後をまた通る。足の裏に何か、古の息遣いが伝わってくるような気がした。
 下は、所々撮った写真を載せてみました。
大峰山ふもとの龍泉寺の水行場 入峰前の儀式
昼食 ふもとの洞川温泉枡源さんにて精進料理
大峰の行場 、「鐘賭け岩」 垂直な岩場を登る
西の覗きで、一番最初に覗きを行い感謝の印
断崖絶壁の西の覗きの行場
 翌朝(6/14)朝4時に起きて、4時半に朝食、その後身支度をして、小笹の根本道場に向かう。当日は台風並みの風と雨になった。                               
15日は、弘法大師生誕の青葉祭りが本山で行われ、山伏修行したものが柴燈護摩の配役を勤める。
柴燈護摩の結界、弓による四方加持          
  
点火

 6月7日 布教師講習会に参加しました。
 管長の特別講義で、
 教学の大切を上として、仏教が一般大衆に習俗、文化として入っている姿の掘り起しがまだまだされていない。それを下とするならば、教学と大衆を結びつける中の世界を構築する仏教のあり方が今後益々大切だというお話をしてくれました。宗派のトップが衆生済度の方法を示されたことは大変ありがたかったです。

 6月4日(月)
 6月6日〜7日にかけて、本山で智山派、豊山派合同の布教師講習会があり、今回初めて参加します。布教は、僧侶として一番努力しなければならないことです。そうした意味で、関心を持っていましたが、これまで中々参加出来ずにいました。しかし、PTA活動なども一段落したので、この機会に受講することにしました。来週は、これも初めて大峰山に入峰します。体力というより脚力が心配ですが、無事下山の折はこのページで報告させていただきます。

 5月31日(木)
 あっと驚き!今月一日から今日末日まで書き込みしなかったことに本人もビックリ!
 5月連休 仙台の兄の寺の祭典の助法
 5月9日から10日教区総会と講習会
 5月20日の大師講の準備 「江戸紙切り」大成功。
 5月22日保護司会総会
 5月23日中学校教育後援会役員会
 5月28日高校PTA役員会
 この間境内の石塔文字を白ペンキで書き込んだり、地区ソフトテニス連盟の理事長ということで各大会の運営やらなんやらあっという間の一ヶ月でした。
 いよいよ6月 子ども・夢・花火大会に向けて動き出します。

 5月1日(火)
 昨日・一昨日の暖かさは何処へやら、中々天気が続きません。
 さて早いもので、もう5月、当山では毎年この月に大師さんの青葉まつりと御影供を兼ねて行います。今年は、初めて「寺子屋寄席」を企画しました。多くに人に楽しんで貰えればと思います。
 今日一日は、朝護摩の日で、お参りに来た方が、普段は大変いい子なのだが、家に帰ってくると機嫌が悪くなり、母親に暴力までふるってしまうとのことでした。私は、干渉しすぎでないかと聞いてみました。確かにその面はあると言っていました。年齢25歳、親はいつまでも子どもだと思ってとやかく言うのでしょうが、普通の子であればうるさくて仕方ないと思います。こうした事例が結構多いのも事実です。私の85歳になる母も何かにつけて、昔はこうだった、あーだったと繰り返します。毎日続けられると私自身がイライラしてきます。後世に伝えなければならない大切なことと、自分の感情を吐き出す自己満足の話では雲泥の差があります。先日「親業」という本があったので、チラッと読んだところ、子どもが生まれて初めて親になる。親が誕生した瞬間でもある。と言った内容が書かれていたような気がします。なるほどと思いました。子どもに教えることは自分が子どものとき教えられたことが基本となります。教育の連鎖の始まりです。でも、子どもは親のものでなく、一人の人間としてきっちりと人格を持った個人であるということを認識することが大切だと思います。
 子育ての基本となる「子は親の鏡」という、PHP研究所:ドロシー・ロー・ノルト著:「子どもが育つ魔法の言葉」 よりの一説を紹介します。    

 子は親の鏡
 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる

 とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
 子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる

 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
 励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
 広い心で接すれば、キレる子にはならない
 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
 愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ

 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
 見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
 親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
 子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
 やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ

 守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだとおもえるようになる


 4月13日(金)
 メインを変更しました。また、住職手帳を日記に変更しました。日記なので毎日と思うかも知れませんがこれまでと変わりません。自分の都合で書き込みます。あまり制約を掛けると精神衛生上良くないと思っています。読んでもらうのは有難いのですが、基本的に自分の記録の一部なので、気楽に付き合いたいと思います。

 4月11日(水)
 先日、京都で伝法灌頂を行った際の受者(新僧侶)から、丁重なお手紙と地元の手づくりジャム(長野県上田市の飯島商店)をいただきました。家内が早速あけて、どうするのかと思ったら紅茶に砂糖代わりに入れて溶かし飲んでいました。食品添加物が入っていないので香りがいいと言っていました。
 食の安全、安心は最近の食品業界では常識で、添加物や賞味期限、消費期限などに消費者も敏感です。先日の不二家もしかり、偽装発覚は会社が潰れる時代です。
 中国でも、富裕層の中には日本の安全な食品を求める動きが高まっていることなども先日報道されていました。
 食は、生活の一部、体の一部ということで禅宗では食そのものが修行であると言い切っています。それは物事の本質を生かすことから、精進料理となり今に継承されています。時代と共に素材は変わってもその本質を生かすことには変わりません。精進料理では、お刺身やお肉など省かれます。不殺生という考えからきていると思いますが、あるとき檀家さんから、「草花野菜を料理することは、それらの命を断っているのではないか。肉、魚とどう違うのだ。」という質問を受けました。
 「皆さんどう思いますか。」
 私は、不殺生の対象が「血」にあるのではないかと、明確な正答を出すことなく答えました。向こうもその辺を察して、後に引かず程なく終ったのですが、全てはこの宇宙を構成する生命と考えれば、これは良くてそれはまずいと考えるのは、人間のエゴかも知れません。生きるということが、何らかの犠牲の上に成り立っている、言い換えれば互いに絡み合っているとすれば、一番その恩恵を受けているのが人間でしょう。お釈迦様は、不殺生は唱えても、「肉」を食べてはいけないとは言っていません。こうなると難解です。
 精進料理の目的が、「生かす」ことにあるとすれば、自分が生かされていることを謙虚に受け止める必要があります。全て周囲への感謝の精神こそが、精進料理の真髄かもと自問自答しています。


4月5日(木)
 あっという間に4月に突入です。一日一日が早いですね。
 HPの表紙に法話「笑顔は人を和ます」(和願施)を載せていますが、先月刑務所教誨の帰りに、車の中で画面のないテレビを聞いていたら、
 「良い言葉を使うと魅力的な唇となり、人のよさを見ようとすると優しい目となる」


 という一説が耳に飛び込んできました。車が邪魔にならないよう道路の左に寄せて、手帳に早速メモしました。この話の前後は分からないのですが、ある方の母親がよくこの話をしたと言うようなことだったと思います。えらいお母さんだと思いました。
 この話を聞いて、私は一番身近な家族にこそ、こうした態度が必要だと考えさせられました。とかく家族は何でも許されるような感覚で、何でもありのような過ごし方をしてしまいがちですが、人生で一番長くお付き合いしなければならない関係だからこそ、「愛語施」「慈眼施」の心がけで、家族団らんが出来れば最高の幸で、良い家柄とはこうしたところから生まれるものだと思います。
 今、信者さんがお見えになった時、こんな話をさせていただいています。


3月18日(日) 彼岸の入り
 彼岸は、日中と夜が丁度半々なる季節で、春と秋2回あります。日中の此の岸(此岸)と夜半の彼の岸(彼岸)が一番近づく日は、私達と先亡、先祖にも近づく日として、先祖を敬い今在ることに感謝しようとお墓参りなどをするようになりました。
 昨日、中国の春節で帰省客を送り出す巨大バスターミナルのドキュメントの中で、ある帰省客が、「敬老愛幼」、親がいて可愛い子がいるから、どんなことにもにも耐えて頑張れると言っていたことが感動的でした。給料も未払いでつらい気持ちを、人間が生きる時、つらいことがあるのは当たり前だ。何も無いほうがおかしい。まさにさとりの世界です。しかも、皆さん明るく、笑顔で応えてくれていたのが印象的でした。よく、東南アジアなどに行ったボランティアの人たちなどは、口をそろえて貧しいけど子どもたちの笑顔が素晴らしいといいます。日本は豊なはずなのに子ども達に笑顔が少ないと言われます。豊かさの尺度として、便利、情報、スピード、高度化などがあげられ、そして、その維持のために競争が生まれ、何か競争のリズムに乗っていないと一層不安感が押し寄せるような状況が、果たし豊なのか分かりません。本当の豊かさはやはり心の中にしか存在しないとも言える。これもまた「密」なるものである。

3月17日(土)
 朝七時大護摩奉修
 「暑さ寒さも彼岸まで」、もう春かと思われた陽気も一転し冬に逆戻り、でも彼岸過ぎればまた暖かくなるでしょう。一日一日日が長くなるのを感じます。
 今日は、高校受験の合格発表の日です。昨日卒業式で華やいでいましたが、今日は喜びの人と残念ながらという人が出る日でもあります。昔は、合格発表があってから卒業式だったのですが、落ちた人がかわいそうということで、卒業式のあとに発表されるようになりました。また、合格者は番号だけなので近所の子どもがどこに進んだのか全然わかりません。4月になって制服姿を見て分かるという状態です。なにはともあれ、進学先で学生生活を謳歌して欲しいものです。、

3月11日(日)
 約一ヶ月ぶりとなりました。この間、2月17日に歓喜天の初縁日、法事、人間ドグ、そして3月1日より本山で、伝法灌頂を受けて9日に帰山、10日山形で会議、夜子ども会の送別会参加とこの一ヶ月あっというまでした。これからもっと早くなりますね。
 「伝法灌頂」
 宗祖弘法大師が、中国で恵果阿闍梨から密教を相乗された儀式を再現したもので、今回は私が恵果阿闍梨の役目の「大阿」という立場で、新しく僧侶となる「受者」が弘法大師の役割です。こうして面々と受け継がれてきた密教最大の儀式です。本山も総出の取り組みです。儀式の最中は、讃と呼ばれるメロディーつきのお経が読まれます。それを聞いていると遠く中国唐の都西安の街角を想像させるものがあります。とても感動的です。これでまた一人の僧侶が生まれました。今回の感激を忘れず、人のため世のためになれる僧侶になって欲しいと伝えました。
 私自身もまた素晴らしい出会いと体験をさせていただきました。この体験を基にまた周囲にお返しして行きたいと思います。

2月8日(木)
 雪がなく、境内除雪などせずにすむので助かっていますが、困っている人もいるのでうまくいきませんね。
 さて、2月17日は歓喜天の初縁日で、その準備でおわらわです。11日には「おさいど」づくりを行います。「神仏に関わることはゴミのように投げられない」といって、小さな神棚や古いお札など昨年から預けている人もいます。こうしたことは大切なことです。「神仏は何処にいるの?」と聞かれると、「皆さんの心の中にいる」と答える事にしています。大切な心をゴミのように投げてはいけないということです。
 お大師様(弘法大師)が、「阿字の子が 阿字のふるさと立ちい出て また立ち帰る 阿字のふるさと」と詠んだ句を引用して、私達はこの宇宙で生まれ、また宇宙にもどるという壮大なプロセスは、過の世とこの世とあの世がつながっていることを意味しています。この世に存することは、宇宙を構成する大事な物体として存し、しかも言葉をもっているという素晴らしい物体、それが人間です。人間を創りだした宇宙を仏というなら、私も仏ではないか、まさしくそれが「即身成仏」につながります。しかし、中々簡単に仏にはなれません。煩悩があるから、いや、そうではなく、宇宙のように、右左、悪も善もなく、光明にて裏闇をも照らし普く全てを広く広く包み込むような姿となった時、はじめて「即身成仏」となります。そのためにお大師様は様々な教えと作法を私達に授けてくれました。
 その一つが「祈祷」です。祈祷の「祈」は、「斤で切ってはっきり示す」で、世の闇や心の不安を切り裂き、祷は寿(とし)を示して、無事息災(仏の力で災難をなくす)を意味しています。「いのりいのる」ことで、明日へのパワーを頂く威儀が込められています。手を合わせて祈る「加持祈祷」という素晴らしい作法を教えてくれました。
 時に、宇宙は何を考えているのだろうと問いただすと、「あなたの考えていることを考えている」という答えが返ってきます。「はぁ」とさせられます。自らの行いにこそ答えがあると教えられた瞬間です。
 まさに、神仏(宇宙)に祈ること、そのことがすでに「ご利益」です。そこが神仏の妙なるもので、私が言うのもなんですが、まったく摩訶不思議な世界です。
 宇宙を構成するのは人間だけではありません。見えるもの見えないものすべてて構成されています。縁あってこの地に授いたインド生まれの「歓喜天」もその一つです。互いに「歓び喜ぶ時」絶大なご利益が得られるな仏神です。
 縁日は、人間でいうお誕生会です。皆でお祝いし、そして互いの幸せを祈る。これが縁日です。一年最初の誕生会をを「初縁日」と呼び、大きなご利益が得られます。この勝縁に「祈り」の醍醐味を味わっていただきたいと思います。

1月30日(火)
 ちょっと間があきました。自身のHPにちょっとかかりすぎました。
 今日朝、三隣亡(三輪宝)について聞きたいと言うので、間違ったら困ると思い、私もYAHOOで検索しました。
 やはり昔(江戸時代)までは、三輪宝と言って、「家建てよし」と暦ではなっていたが、明治に入って、暦を作るときに「家建てよし」が「家建てあし」と間違ったと思われ、「あ(悪)し」では、三輪宝にそぐわないとして、逆に「三隣亡」の当て字を当てたため、今日それが引き継がれるようになった。と書かれていました。
 聞いてきた方に特に問題が無いといっても、周りに迷惑をかけるからと迷って電話をくれたものだと思います。不安をあおられると人は弱いものです。出来れば誰でも「障り」には触れたくないものです。
 ちなみに、午、寅、亥年が三隣亡と言われていますが、亥年の場合、1月、4月、7月、10月以外の月に地まつり(地鎮祭)をやれば特には問題がないということです。
 不勉強で申し訳ありませんでした。

1月18日(木)
 昨日は春を思わせるようなお天気でした。17日はお護摩の奉修日で、いつものおばぁちゃん二人と次男がお参りしました。次回は、2月1日と3日の節分が大護摩の奉修を行います。いつも仏法興隆、山内安全、檀信健勝を祈願しています。流れるような作法をしたいのですがまだまだです。日々これ修行だと思います。
 先日、ある雑誌に「笑顔は人を和ます」という文言が載っていて、いい言葉だと思いお堂のホワイトーボードに書き留めました。仏教では「無財の七施」という、人の心がけを説いた言葉があります。「和願施」、「慈眼施」、「愛語施」、「身施」、「心施」、「床座施」、「房舎施」があり、布施は施しですが、金品を与えるだけでなく、笑顔や優しい言葉かけたり、暖かい眼差しで見守るとか、ものやお金でなくても相手が楽になったような安堵の気持ちを与える布施のひとつだという考え方があります。笑顔のないときそれは、心配事があったり、怒りであったり、心理的に追い詰められているときなどどうしても笑顔では居られないでしょう。逆にそうした人を見て「なにカリカリしてるだ」と思いがちですが、そんなときこそやさしく見守るしかありません。その気持ちはいずれ分かってくれるでしょう。よく、「あのときの自分どうかしてた」などと後で言ってもらえるような人間関係「和」が大事ですね。
 

1月12日(金)
 1月6日から寒修行に入りました。6日は小寒、2月3日の節分の前日まで行います。内容は、当山流で、白い頭巾に菅笠をかぶり、首に頭陀袋とお札箱を下げ、右手に鈴を持ち、市内の信者さん宅を回ります。
 各戸口で懺悔の文に続いて、
  我昔所造諸悪業  皆由無始貪瞋癡 従身語意之所生  一切我今皆懺悔
 ○夫れ四国遍路 一度巡拝の輩は 病苦又は万の難を除き 未来成仏すること疑いなし
  遍路に道を教え 一夜の宿を貸し 一粒一銭施す人は 寿命長久にして 何事も諸願成  就 すること疑いなし 南無大師遍照金剛

  ○ありがたや 高野の山の岩かげに 大師は今に在はします 南無大師遍照金剛(御詠歌)  
  独特の節回しで一軒一軒唱えて回ります。時間は夕方6時から8時までです。
  昔は、結構遅くまで回れたのですが、最近は安全のために早くから鍵をかけるお宅も多く、チャイムを鳴らすのもどうかと思ったりして、躊躇することもしばしばです。昨年、あるお宅にお邪魔したとき、「この浄財の収支報告を知らされていないがどうなっているのか。」と初めて聞かれました。この行が終ると2月に歓喜天の初縁日があり、その新聞チラシに、浄財は、お堂、山門等の茅葺きなどの経費に使用させていただきます旨の感謝と御礼を載せているのですが、とお答えしました。檀家の少ないお寺にあって、こうした浄財は大変貴重なものです。毎年の茅葺きも大変です。職人の高齢化も気になりますが、いったんトタンなどにしてしまうと元に戻せません。かつては、焼失する前の本堂も茅で、庫裡も茅でした。当時はそれが当たり前なので普通でしたが、庫裡の屋根の茅となると膨大で、将来を考え7年前にトタン屋根に直しました。山門と雷神堂、虚空蔵堂の3箇所は出来る限り、茅屋根を後世に残したいと思います。
 寒修行で感じたことなどまた書きたいと思います。


1月3日(水)
新年明けましておめでとうございます
 新庄では珍しく、雪の無いお正月を迎えました。お陰さまで除雪の労力から解放され、疲労半分というところです。
 さて、今年の年頭法語はホワイトボードに書きました。これまで墨で紙に書いていましたが、間違えると大変でしたので、年末にボードを購入し初挑戦しました。今後の行事にも使う予定です。
 丁亥年年頭法語

昨年は、夏祭りに「子ども・夢・花火大会」、十月には本山(京都智積院)での練行を成満し、さらに毎月一日と十七日のご縁日に、大護摩を奉修し、仏法興隆、山内安全、檀信徒各位のご健勝を祈願し無事新年を迎えることが出来ましたこと、ご本尊並びに信心各位のお力添えの賜と心より感謝申し上げます。
 本年は丁亥年団塊世代の大量退職時代の始まりで、日本繁栄の象徴でした。しかし、本格的な高齢・少子化社会の構成員でもあります。全てにわたって様々な影響と変化が生じるでしょう。当然お寺も同様に変化していかなければならない時代となりました。一層人と人が触れあえるような明るいお寺づくりを目指して行きたいと思います。ということで今年のテーマは「変革」です。一層皆様方のご協力よろしくお願い申し上げます。



12月26日(水)
 お寺の方のHP大分ご無沙汰しました。個人のHP12月だけで6000人もアクセスがあったので、そちらのほうが中心になってしまいました。なぜ急にアクセスが多いのか、良く考えてみると12月に入って、夕張市の財政再建団体がマスコミで取り上げられ、同時に危ない市町村ランキングで、新庄市が6番目にランクされていたので、新庄市とはどういうところかとアクセスしたついでに私のHPにも寄ってみたというのが現状だと思います。いいのか悪いのかわかりませんが、マスコミに取り上げられるには、驚くような凄く良いことをしたか、それとも逆の悪いことをしたか、両極端なものが記事になりやすい。普通のことは記事になりませんが、その普通のこと平凡なことが、本当は大切なことだと思います。
 もうすぐ大晦日、除夜の鐘が鳴り響きますが、寺便り正月元旦号に「除夜の鐘」と題して、真言宗智山派で出した小雑誌から引用し、
   除夜とは大晦日のことを言います。鐘のあるお寺では、百八の鐘を撞きます。旧年中に百七回、残り一   つは新年に撞くという習わしがあります。これは、「一年間の過ちを砕き、すがすがしい気持ちで新年の第  一歩を打ち出す」という意味です。百八は煩悩の数で、六大煩悩(貧、瞋、痴、慢、疑、悪見)が更に六つ  に細分化され、三十六煩悩が過去、現在、未来の三世に亙ることから百八となります。 数珠も百八煩悩  の数だけの玉が付いています。
を載せました。
 こうして一つ一つ意味を確かめていくと、仏教って面白いと思います。出来る範囲で、また行で感じととったことなど今後載せて行きたいと思います。来年のテーマは「変革」です。
 「良いお年を」まで数日ありますので、もう一回ぐらいアップできるかも知れませんが、大掃除や元旦の準備などでできない時は、本当に良いお年をお迎え下さい。

12月15日(金)
 境内入り口の案内看板をリニュアールしました。前のは、古くなって支えが弱くなっていたので、壊れて怪我でもされると迷惑をかけるので取り替えたところです。
 今回は、「大聖歓喜天仏神霊場」と、「境内墓地分譲します」が新たに加わりました。お寺でなぜ祈祷なのという方もおりますので、仏法の守護神の一つということで書き入れました。前仏に十一面観音菩薩を奉安しているので仏神となりました。
 

 丁亥(ひのとい)年

12月12日(火)
 私個人のHP(山尾じゅんきHP)をリニュアールしたところ、一週間で約3000人もアップしていました。本人もビックリ。師走も残すところ三週間となりました。HPにかまけていると大晦日、元旦の準備が遅れそうなので段取り良くするよう心掛けます。
 来年は、丁亥(ひのとい)年です。前回が昭和22年にあたります。いわゆる団塊の世代の始まりです。これから5年間ぐらいでこの世代の人たち700万人ぐらいが退職時代を迎えます。第二の人生をどう過ごすのか、また、将来の棲家(墓地)の問題も表面化しています。お寺としてどう対応していけばよいのか、来年は研究、検討、実施に向けた行動の年にして行きたいと思います。
 今、信仰心が欠けているとか無いとか言う人もいますが、逆に年齢が進んで、時間が出来ると、初めて自分とは、人生とは、これまでの人生は、さらに今後の人生など思い悩み、道しるべへの欲求も出るでしょう。
そうした動機に応えられるお寺を目指して行くための年にしたいものです。

  いじめ自殺
 12月5日(火)
 こうした報道がされるとあちらこちらで模倣的に続くことはマスコミの中では知られている。先日のある番組に、久米宏氏が報道番組の恐ろしさとつらさを語っていました。「そうなると分かっていても報道しなければならないつらさがある。」と、しかし、若い命が失われることは残念でなりません。親御さんにとっては「なぜ?」と思うでしょう。私にも三人の子どもがいますが、そうした事態に遭遇したらと思うと空恐ろしくなります。子ども達の番組では、約半数近くが、「いじめは仕方ないし、自分もされたことがある」などという内容でした。自分の子どもはどうだったのだろうと思います。普段の会話からはそうしたことは伺えませんが、子どもは「ギャングエイジ」と言われて、成長過程では結構悪役な部分を持っているといわれています。また、低学年でいじめていた子が、逆に学年が進むと逆転現象が起きると言うこともあるらしく、中々複雑な面を持ち合わせています。この世で100パーセント人の悪口や、敵意を待たずに生きた人はいないとも言われています。ある中学の生徒会で、いじめはやめよう、見たら注意しようなどなど取り上げていましたが、いいことだと思います。一人のいじめに加担すると、友達も加担する側に誘い込んで仲間意識を形成してしまうことはよく聞く話です。その仲間から離れられず、さらにその仲間でいじめられてしまう構図もあります。生徒会で、そうしたテーマを掲げるだけでも抑止力になり、仲間と仲間の横の連携を広げていくきっかけになると思います。頑張ってほしいものです。
 それじゃ大人はどうすればいいのか、学校での出来事は一般人には事件事故が起きたあとの情報しか入りません。やはりPTA(親と教師の会)、生徒会・児童会、保護者会などが機能しているかどうかが大切だと思います。それでもいじめは巧妙です。生徒・児童と先生、保護者同士の信頼感が最も大切です。
 わたくしも、PTA会長を8年ほど務めさせていただきました。PTA総会の時に必ず言うことは、「会員同士の悪口をやめよう、先生、生徒の悪口をやめよう。」でした。悪口からは、責任のなすりあいが生じます。責めよりかばい合いは、信頼が生まれます。そうれが大人の役割だと思います。 

 ご詠歌
12月4日(月)
 朝のお勤めで外に出たら雪でした。お堂は火の気がないので「さむ〜」。先日、今年初めての檀家の葬儀がありました。お通夜では、御詠歌を唱えるのがここらの風習です。しかし、その先達がいないということで、住職自ら先達を勤めました。「住職の先達初めて見た。」と言われました。私も初めて勤めたことを言いました。実際は2度目なのですが、円満寺の檀家さんでは初めてでした。はじめに、私の御詠歌は、当山に伝わる寒修行のときのもので、正調かどうかは分からないが、心込めて唱えさせていただく事を事前にお断りしてからスタート。高齢の方などは少々なじまぬ節回しがあったでしょうが、なにせ、住職のやることだから仕方ないと言う思いもあったでしょう。何はともあれ、西国三十三観音の御詠歌を1時間ほどかけて無事唱えました。

 御詠歌の歴史はよく分かりません。五七五七七の和歌に曲をつけたもので、真言宗智山派の密厳流の解説によれば
  元来、御詠歌は仏教音楽の一つで、信仰を離れて存在するものではなく、単なる流行歌や俗謡とは全然異なり、苦悩多き人生に光明を求め、心の拠りどころを尋ねる人々が知らず知らずのうちに法悦に浴して、苦悩を去り、安心(あんじん)を得るために誰でも唱えることが出来る宗教音楽で、人間として根本から求められる信仰と音楽との二つの結合から現れたものである。
とある。(密厳流遍照講HP参照のこと)

 それはともかく、私のイメージでは、四国八十八カ所や西国三十三ヶ所霊場をお参りするときに、各寺の御詠歌を唱えながらお参りしますが、おいずるを着て、死に装束で歩く姿は、相当な覚悟でお参りしたものだと思います。今は、タクシーやバスで二週間とか一週間で回るといった観光中心であっても時代だから結構ですが、昔は次のお寺まで一日係りなどと言うこともあったでしょう。そんなとき、山歩きをする時に大声でこだまを楽しんだり、歌を歌いながら歩く姿と重なって見えてきて、霊場参りでは、それが自然とご詠歌となったのではないかと、そして仏と自然とふれ合いながら、口にご詠歌を唱えることで安らかな心地よさを体感したのではないだろかと、当時を想像してみました。
 同行二人、お大師さんと共に歩くことで、何も恐れることはない。というメッセージを死者に伝えるために、近隣、親戚、縁者達が集まり力添えするのがお通夜の御詠歌なのかな。が私のイメージです。
 

 11月27日(月)
 京都から自坊に戻って20日あまりが経ちました。行中は2週間が長いと思いましたが、あっという間です。もうすぐ師走、さらに時間が経つのが早いと思います。
 この間何があったのか主だったものを思い出して見ました。
 11/11 雪囲いの手伝いと境内掃除
 11/12 町内清掃デー
      大黒講の案内発送のための「聖天だより」の作成
 11/14 保護司研修会〜15日(肘折温泉泊)
 11/15 七五三祈祷
 11/16 出張祈願、町内役員会召集案内
 11/17 朝護摩、七五三、出張祈願
 11/18 新そばまつり
 11/19 新宅祝賀会乾杯のあいさつ
 11/20 大黒講準備、仏具お磨き
 11/21 心経会、「聖天だより」の作成
 11/22 そば粉仕入れ、そば打ち準備
 11/23 「大黒講」、県ソフトテニス優秀選手祝賀会(山形)
 11/24 前住職丸三年忌、町内役員会開催
 11/25 法事、七五三参り祈祷、北本町稲荷講
 11/26 個人的集会
  等などでした。
  来月は、町内役員の忘年会、そば打ち教室、心経会、行事のお手伝いさんの忘年会に大掃除、納め聖天、新年の準備、年賀状など盛りだくさんですが、一つ一つこなして行きたいと思います。



11月10日(金)
 境内の雪囲いが始まりました。例年の事ながらもうまもなく冬将軍の到来です。今月23日は円満寺“大黒講”があります。案内は出来ていたのですが、「聖天だより」が出来ずに二日遅れてしまいました。これまでワードで作っていましたが、どうも写真の取り込みがずれるので、“筆ぐるめ”を使い出したところに、寺報・寺誌には「パーソナル編集長Ver6.5」なるハガキが舞い込み、飛びついてしまいましたが、慣れるまでやはり時間がかかり遅れてしまいました。今後使いこなして生かして行きたいと思います。
 ところで、「練行」ですが、私と同部屋になった二人は28歳。奥羽教区(秋田、青森)の方で、身長が二人とも180センチを超え、決して私も小さなほうではないのですが、見上げて話さなくてはなりませんでした。一番年上が70歳、二番目が63歳、そして私が54歳で、順々に25歳まで14人の集団生活でした。70歳の方は尼僧さんで、年に見えない機敏な行動に一同修行が違う等など。同部屋の一人は高野山から秋田に養子に入った方で、実にしっかりとした青年でした。二人ともよく勉強していて、こちらが教わることばっかりで、
阿闍梨(先達)と呼ばせていただきました。「よく秋田まで養子に入ったね」と聞くと、師僧に寺を選ばず、人を選べと言われて、この住職とならという想いで、今年の四月に養子に入ったとのことでした。話しでは決して大きなお寺でもなく、子ども達も遠くに行っていてお寺の跡を継がないとのこと。現代の世の中いくらかでも大きいお寺と思いがちですが、そうした価値観に身をおくのでなく新たな師僧に身を委ねるその心根に関心させられました。続きはまた次回。

11月3日(金)
 ご無沙汰しました。本山(京都東山・智積院)に「練行(れんぎょう)」に行ってきました。字のごとく行を練る≠フ一言です。今回参加者14名で2週間の行を共にしましたが、非常に長く感じました。前後を入れて約3週間家を空けたのは前住職が亡くなってから初めてでした。自坊にいると様々な用向きで一ケ月があっという間ですが、行をやり続けていると曜日の感覚はなくなる、俗世間が遠くなるなど時間の感覚が逆に無くなってしまいました。とにもかくにも無事終了し5キロやせて帰ってきたので、家族からはそれが維持出来ると良いねと言われ秘かに努力しようと思っています。
 行は、朝3時前に起きて、閼伽水(あかみず)を汲んで、行に入り、5時過ぎに終って、6時からの勤行(金堂で回向、明王殿で護摩法楽)を終って、7時半に朝食(納豆、ご飯、味噌汁、大根おろし)、8時半過ぎに行入りして11時30分に終了、次の準備をして12時に昼食、午後1時30分に行入りして、午後3時過ぎに終了
仏具のお磨き、夕方5時に夕食、6時半に風呂に入って、頭を剃って、午後8時過ぎに就寝という毎日でした。食事は全て精進で、当然飲酒、外出は禁止で、京都に行ったものの本山からまっすぐ自坊に帰ってきたので、京都の紅葉や観光客のことなどを聞かれても、本山で感じたことぐらいしか話せませんでした。行の感想は追って書き込んで行きたいと思います。午後8時を過ぎてなんとなく眠気がしてきましたので無理をせず
本日は終了します。本山「練行」の報告です。

10月13日(金)
 このホームページを立ち上げてもうまもなく2年になろうとしています。ずうっと下までさかのぼってみましたら、1番最初の内容が、全国教誨師大会で、五木寛之氏の講演を掲載していました。「慈の心・悲の心」を思い出しました。戦中戦後「ガンバレ、ガンバレ」の時代があった。でも「がんばれ」と言われれば言われるほどつらくなる状況もあるという。そのとき大事なのは励ましでなく、慰めではないかという話だったと思います。年々増える自殺者もそうした背景があるのではないかと言った内容だったと思います。
 今年の教誨師大会は筑紫哲也氏でした。
 ところで、山形刑務所の受刑者が1000名を越しました。2年前私が教誨で行くようになってから300名以上増えました。連日殺人事件の報道がされています。何もない日は無いのでしょうか。
 
 今月の掲示板に飲酒運転撲滅について書きました。飲酒運転による事故は加害者被害者の当事者だけでなく、周りの家族や会社など全ての人が犠牲者になることを肝に命じるべきとの内容です。

 「飲んだら乗るな、飲むなら乗るな」を実行しましょう。

10月3日(火)午前0時25分
 朝が早いのに、何故かお寺のHPが今ごろの時間になってしまいました。失礼!
 お彼岸中は、仙台の兄にお寺の手伝いに行き、土日は、中学のソフトテニスの新人戦のお手伝いに行ってきました。
 26日に、裏のお寺さん(英照院さん)が管理する観音堂の20年に一度のご開帳の案内をいただき参加させていただきました。大勢の檀信徒の皆さんが風の吹く寒い中最後まで儀式を見守っていました。暗闇の中で、しかも厳かでいいご開帳でした。
 30日は、埼玉で従兄弟の法事があり、お参りして最終で帰ってきました。
 前日(29日)出羽路13仏霊場参りのご一行40名ほどが来山し、おいずるに朱印を押し、またご朱印の記帳、掛け軸の記帳朱印を終わして、時間を気にしながら上京し一周忌に参列しました。
 10月1日は朝護摩です。新しい人が2名ほどお参りに来ました。
 出羽路13仏霊場参りの先達は、山形の千代田観光で、県内を一泊で回れていいコースなのですが、お寺さんによっては、忙しくてといって、ちょっと嫌がられるところもあると言っていました。その話を聞いてとても残念でした。それぞれ事情があるのでしょうが、せっかく来てくれるのであれば大事にしたいものです。
 ご開帳の写真もあるのですが、ちょっと遅くなったので、今回は文だけにしておきます。それでは次回

月21日(木)秋彼岸 
  23:27書き込み  21:30に檀家さんがお骨を持ってきました。今年一月に東京で亡くなったおじさんのお骨だそうです。一昨日、入りの日に相談にきました。「息子が父の弟(おじさん)のお骨を取りにいったので、お寺に置いてもらえないか」ということでした。「いいですよ。」というと安心した様子で帰っていきました。なぜこんな話をするかというと、これから益々こうした人が増えるのではないかと思うからです。未婚、離婚による独り身の方など死んだらどうしようかと思っている人も多いでしょうが、突然不慮な事故などにあって、一命を落としたときなど、やはり実家頼りになってしまうのではないでしょうか。良好な親戚関係ならまだしも、そうでない場合には、実家のお墓にも入れてもらえません。実際昨日、ある方が檀那には子どもがいるが、私にはいない(ある事情で一緒になった方)ので、自分でお墓を立てても死んでから誰がお参りしてくれるだろうかという心配をされていました。元気なときにはお墓などと考えたことも無かったが、年が行くとどうも気になって仕方ないということでした。本当にそうだと思います。
 以前、樹木葬のことを書きましたが。身寄りの無い方のための一代墓地真剣に考えようと思います。

9月12日(火)
 あと1週間もすれば秋の彼岸ですね。お彼岸のお知らせに次のような内容のことをハガキに書いて檀家さんに出しました。
 「まもなく秋彼岸がやってきます。昼と夜が丁度半々になる季節、あの世とこの世が一番近づく日で、今いるこちら側を「此岸(しがん)」といい、向こうを「彼岸(ひがん)」といいます。自分の行いをご先祖様にお誓いする期間でもあります。手を合わせて祈ることを大切にしましょう。」

 さて、トップの写真 そば畑の写真を載せました。いよいよ実りの秋ですね。秋といえば「芋煮会」、川原で石を集めてかまどを組んで、鍋を掛け、芋煮をしたものです。でも今は、川原の近くに河川公園が整備され、かまど、水道もあり衛生的です。苦労無く芋煮が出来ます。山形の直径6メートルの釜を使った「日本一の芋煮会」が、山形の芋煮を全国的に有名にしました。山形は牛肉醤油ベース、庄内は味噌豚ベースですが、今年初めて庄内バージョンもふるまったようです。ちなみにうちでも一昨日は味噌豚でした。新庄は両方の味の交流点なので、両方美味しく食べています。ちょっと体が気になりますが・・・・。


9月6日(水)友引 いぬ
 今日午前午前8時27分、秋篠宮妃紀子さまが身長48・8センチ、体重は2558グラムの男のお子さまを出産されました。おめでとうございます。
 私も、信者さんに依頼され、腹帯の祈祷を朝のお勤めに合わせて祈願いたしました。
 なぜこうしたことを載せるかといいますと、今日は「友引 いぬ」の日に当たります。吉日でしかもいぬの安産にあやかろうと宮内庁関係者や病院などこの日に合わせて、ご出産の予定を立てられたのだと推察します。国の機関がそうしたことを公にすることは出来ませんが、出来れば「よい日に」という願いが込められているのは人間らしくて良いことだと思います。科学万能の社会に見えますが、まだまだ人間では計り知れない奥深い人間神秘や宇宙の神秘があることを人は知っているのだと思います。
単に割り切れない社会があってこそ世の中だと思います。
 母子ともに順調とのこと、うれしい限りです。

9月4日(月)教区からの宿題「私の教化活動」という原稿を書いていました。特に変わったことをしている訳ではないので、何を書いたら良いのか悩んだ末に、年間行事を書きました。
 以下原稿です。

私の教化活動
「地域のお寺として」
 今回、弥勒院の月光師より原稿依頼がありました。特別な教化活動をしているとは思っていませんが、お寺の行事を通して述べてみたいと思います。
 正月 元旦祈祷(年頭法語の掲示)
 小寒 寒修行入り(午後六時から八時まで)市内一千軒余りを托鉢
 毎月二十一日 心経会(会員十二名)
    円満寺御詠歌、観音経、心経読経
 二月三日 節分星祭り祈祷(豆まき)
    寒修行明け
 二月十七日 大聖歓喜天初縁日(浴油供)
    梵天大護摩祈祷
      古札焼納お柴灯
    新聞チラシ発行(市内全域)
      聖天だより(信者さん向け)
 毎月一日、十七日大護摩奉修(朝七時)
 三月彼岸中日檀家総会、合同法要の案内(一口法話を入れたはがき)発送
 五月第四日曜日 大師講(精進料理接待)
 七月第三日曜日 幟立て(大のぼり会)
 七月第四日曜日 大聖歓喜天夏祭り(華水供)
      新聞チラシ発行(市内全域)
      聖天だより(信者さん向け)
  前夜祭 午前九時子ども神輿出発
    町内子ども会参加協力(60名)
    正午 流しそうめん大会
午後六時町内ビアガーデン
午後七時婦人会、老人クラブ、子ども会合同盆踊り大会
本祭り 正午 梵天大護摩祈祷(精進料理接待)
午後七時三十分 「子ども・夢・花火大会」
八月お盆 棚経の案内(一口法話を入れたはがき)発送

九月彼岸 護持会費のお知らせ
十一月二十三日 大黒講(精進料理接待)
 以上、年間スケジュールとなります。

 檀家の少ないお寺にあって、これらの行事をこなすには、地域の協力が無ければ出来ません。祭りの幟を立てることから「大のぼり会」なる組織があり、お柴灯作りや幟たての他、神輿、流しそうめん、花火大会の協力と頭が下がります。
 新聞チラシの住職コーナーでは、「世の中あれこれ」「インターネット」「お神輿」「平和の尊さ」「鎮守の森」「お柴灯」「水五訓」「心のバランス」「流しそうめん」「良心」「花火大会御礼」などなど年二回時事放談的に書いてきました。最近は一年半ほど前に立ち上げたお寺のホームページに「住職手帳」というコーナーを設けて適宜更新しています。最近お寺のアクセス数が個人のホームページを上回り喜んでいます。
 町内にあっては区長として、あるいは手打ちそば教室の講師として地域の方々とふれあいながら、お寺を地域の宝物にして行きたいと思っています。

 

9月3日(土)明倫中学校運動会 
 前年までのPTA会長として運動会を見に行きました。晴天で、会長が変わったら天気良くなりましたといわれました。確かに3年間雨模様でした。きっと雨男ですね。

9月1日(金)午前七時歓喜天堂にて梵天大護摩奉修
 14:00より「社会を明るくする運動」(7月中)の反省会

 下の写真は、神輿渡行行列に参加する、はさみ箱や毛槍の奉納風景です。この円満寺が初代戸沢政盛公の建立の祈願所ということで、25日本祭りに境内で奉納される光景です。
 8月28日(月)お久しぶりです。新庄まつりも天気に恵まれ、盛大に終了しました。当地方では、「新庄祭りが終ると秋風だね。」というのがあいさつ代わりになっています。秋は実りの秋、名物芋煮会も始まります。川原で石組みをして、薪を集めて火を焚くという時代から、今や河川公園が整備され、かまどやトイレも整備されずっと楽になりました。
 新庄祭りに、高萩の方々6人がお見えになって精進料理を食べたいと言うので、お寺の行事のご接待料理を食べていただきました。精進料理は、見た目より手間のかかる料理です。
 メニューは、胡麻豆腐のわさび添え、ぜんまいの白和え、きゅうりの胡桃和え、ささぎと菊のおひたし、高野豆腐のあんかけ煮、エゴの胡桃みそ添え、黄団子のずんだ和え、しめじとそうめんのお吸い物、豆ご飯にお新香(ナス漬け、きゅうりの置き漬け)、最後にスイカのデザートという具合です。
 高萩の方は、お寺の夏祭りに行う流しそうめんの竹を持ってきてくれる方です。祭りのときは忙しく帰るので、今回はゆっくり食べていただきました。ヘルシー料理ながら結構満足していただけたのではないでしょうか。84歳になる母も張り切っておりました。


 8月17日(木) ネコ川の中で死んでいました。夕方帰宅したら母が近所の方が、ネコ一匹川の中で死んでいるという情報を得たので、確認したらうちのネコだったので、境内の一角に埋めました。原因は分かりません。同じ屋根の下で暮らしたものが亡くなるとさみしいものですね。

 昨日、地獄の釜の蓋も開く16日、ご先祖様があの世お帰りになりました。
 自坊では、時間の都合上、11日から14日まで棚経し、15、16日と兄の寺の棚経を手伝ってきました。
 7月30日に花火をやったと思ったら、あっという間に17日、来週24日から新庄まつりと、毎年8月はあっというまです。忙しくしているのは幸せなのかも知れません。

 昨日は、大石田町と金山町で花火大会がありました。仙台の帰りに大石田の花火を横目で見ましたが、凄い観客が出ていました。
 金山町には、母が見に行きました。先月の「子ども・夢・花火大会」に刺激されたのか、超パノラマデラックススターマインを見たいとのことでした。凄さに目を丸くしすぎたのか、花火酔い状態で帰ってきました。まずは納得でしょう。
 
 私も、来年の「子ども・夢・花火大会」は、今年の倍を上げるぞと秘かに思っています。

 8月7日(月)棚経通知、花火大会御礼発送、先師尊霊墓掃除
 昨晩家に戻らなかったネコ、結局今日一日戻ってきませんでした。この暑さで心配です。事故か事件に巻き込まれたのではないでしょうか。ちょっと気がかりです。

 8月6日(日)法事、次男合宿打上げ
 暑くてバテ気味のうちの猫が家に戻ってきませんでした。
 

 8月5日(土)新庄北高の同窓会がありました。同期は、仕事の関係などで6名の参加でした。2次会も盛り上がりました。
 

 8月4日(金)大安 交通安全祈祷他
 母と姉の出身校(宝仙短大の人形劇グループが新庄市の本合海児童館にやってくると連絡があり、母と姉が出かけていきました。引率の名誉教授が母の教え子で、その教授の教え子が姉で、姉の同級生のお子さんがメンバーということで、劇の前に懐かしく昔話をしたようです。県内4箇所で、その後ベトナム公演に出かけるそうです。ちなみに名誉教授は、75歳だそうです。

 8月3日(木)山形刑務所教誨 非常に暑くて、受刑者の上着を脱いでも良い指示を出しました。
  お盆が近いので、お盆のいわれと、精霊棚の牛に見立てたナスと、馬に見立てたきゅうりでは、どちらが迎えに行って、どちらが送るのかをたずねました。

 8月2日(水)仙台で葬儀あり助法

 8月1日(水)
 7月29日は午前中雨気味で、子ども神輿を短縮せざるをえませんでした。
でも、流しそうめんはテントを張って準備万端、食べるころには雨も上がり、箸とおわんを持ってたくさんの人が待ち構えて、正午きっちりに流しました。例年茹でるのが追いつかなくなります。
 風流、「青竹が涼しい流しそうめん大会」今年も満腹、満腹でした。

小雨の中お寺の周りを歩きました。 雨も上がり、子ども達で賑わいました。


 7月30日の花火大会は、初めての挑戦なので雲をつかむような状態でしたが、40発無事に上げられ、子ども達の歓声や拍手も聞こえて、やって良かったと思いました。
 花火には人の心をわくわくさせ、夢を与えてくれるとつくづく思いました。地権者の了解が頂ければ是非来年も続けたいと思います。

 大会に協力してくれた皆さんに心より感謝申し上げます。

さわやかな風で煙も残らず素晴らしい 花火大会となりました。





7月18日(火)
 樹木葬考
 5月に東京より新庄市出身のおじいさんが縁あって当山を訪ねて来られました。その時東京では墓地が高く、しかも後継者がいないと墓地を譲ってもらえないという話をしていきました。
 そして、14日また訪ねてこられて、同じような内容の話と、岩手県一関市の祥雲寺の持つ樹木葬墓地に関する本を置いていってくれました。(「樹木葬を知る」三省堂千坂?峰・井上治代編)
 まだ、よくは読んでいませんが、背景には少子、高齢、核家族、無配偶者など現代の抱える諸問題があると思います。
 当山も祈祷寺としての歩みから、少数檀家とお寺の維持管理と言う点では将来に不安を抱えることは確かです。日常そのことが、頭から離れることはありません。
 子弟達には、お寺と自分の生きる道と二足のわらじを履くことを覚悟させています。歴史は劇的に変化することは難しく、お寺の状況も同様と考えています。
 しかし、今回のおじいさんの出現は、ある種の出会いの神秘性を感じています。
 はじめから、山中の樹木葬墓地でなくとも、境内の一角を霊園にして、一代墓地として提供してもいいのではないか。また、石塔を立てずに、あじさいや、つつじなどの低木というか、お花というかそうしたもので墓標にすることも可能なのではないかと考えさせられました。
 現在境内の各諸堂にかなりの経費をつぎ込みましたので、今すぐ実現できるかどうか分かりませんが、そういう墓地を求める人が要るとすれば、それに応えるのもお寺の役目なのではないかと思い始めています。
 ご意見などありましたらメール下さい。

7月17日(月)海の日
 今記事を書いているのは18日の午前4時40分です。
 17日は、夏祭りの縁日に当たる日です。しかし、例年子どもたちの夏休みに合わせて、7月末の土日にお祭りを行っています。
 29日(土) 午前9時より子ども町内神輿巡行
         午前12時 青竹が涼しい「流しそうめん大会」
         午後6時 町内ビアガーデン
         午後7時 婦人会盆踊りなどなど
 30日(日) 午前12時 夏祭り「華水供大祈祷」
         午後7時30分 「こども・夢・花火大会」

 7月14日山形新聞朝刊に花火のことが掲載されました。

 
多くの市民より協賛いただき何とか成功させたいです。

7月11日(火)
 お寺のHPずいぶんご無沙汰しました。
 「子ども・夢・花火大会」の申請関係でかなりの時間を割きました。地権者の同意、土地改良区への申請と同意、市役所への申請とあわただしかったです。

この間 7月6日に山形刑務所での教誨に行ってきました。

 合掌についてお話をしてきました。普段何気なく合わせる手を、合掌といっています。真言宗では指と指を挟んで力強く合わせるのを、金剛合掌といって、「四種曼荼各々離れず」という考え方で、宇宙の様々なことは全て力強くつながっていることを表しているのだという話をしてきました。
 7月11日(火)町内役員会
 7月10日(月)花火大会実行委員会
 7月9日(日)ソフトテニス国体最終選考会(山形)見学
 7月8日(土)沼田会
 7月6日(木)教誨
 7月3日(月)社明運動
 7月1日(土)ソフトテニス東日本学生選手権(山形)見学

6月27日(火)
 ワールドカップ イタリア・オーストラリア後半ロスタイム、トッティのPKで1-0で、イタリアが勝った試合を見てしまいました。ロスタイメというのが凄いですね。

 そうしたらニュース速報で、身代金誘拐事件無事保護が流れ、大学生の女性のトラブルで、報復合戦で2人生き埋めとか、また、福岡で姉とのケンカを父にしかられ、中学生1年生が自宅に放火全焼といった、いやなニュースが続きます。
 また、NHKのクローズアップ現代で、子どもの事故や事故死の問題を取り上げ、毎年全国で800人ぐらいの子どもが犠牲になっているという話を聞いて驚いています。風呂場で5センチの水でおぼれ死んだ例もあるとのことでした。少子化時代、事故死なるものは是非防ぎたいものです。

 命というものは不思議なものです。自分がどこから来たのか。確かに生命の営みの中で誕生したものではあるものの、自分という意識をもったときに、自分とはなんぞや、なぜこの世にいるのかと思うと、本当に不思議です。自分の意思で生まれてきた人は、人類誰一人としていないはずです。でも、自分という自我が芽生え、自分中心に世の中が回っているという錯覚に陥るのも人間だと思います。たまたま宇宙の営みの中の出来事であって未来永劫自分というものが続くものではない。
 万物流転 (紀元前500年ごろの古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの思想で、「万物はさりつつあり、なにも         のも止まっていない」といったと伝えられる思想。
 諸行無常 (仏教では、全てのものはとどまるものでなく変化するという考え方)
 
、世界共通に、決してこのままでいることはありえないという思想。また、生老病死という世界から逃れることはなん人もできないのが世の中なのに、なぜかそれを待たずに、他人を殺したり、自分が死刑となったり、また、自分で命を絶ったりしてしまう。
  もう一度自分はどこから来たのだろう、たまたまこの世に身をおかせてもらっているという謙虚な姿勢が大切なのではないか。この世は、一人ひとりの集まりだからこそ、「自分」を思えば、相手もそう思っているのだから、互いに認め合う心が大切だと思う。何故か人間は他を許せない生き物なので困ったものだ。
 生きている。生かされている。生かしあう。という仏教のいう「生きる力」を大切にしたいものです。

6月21日(水)
 心経会 午後7時より

 今朝のニュースで、医師の家庭が全焼で、家族3人が犠牲になり、高1の長男が行方不明との報道がありました。何があったのでしょう。大変優秀なお子さんだったようですが。

 昨日、檀家の方が見えられ、「子が親を殺す」という昔では考えられないことが起きているが、困ったもんだ。
 昔は、朝早く起きてご飯を炊いて、洗濯して、掃除して畑してという生活に、さらに子だくさんで、子どもに声をかける暇もなく日が暮れる生活だったが、家族力を合わせて結構楽しく暮らしていたもんだ。親父のげんこつももらったが、という話をしたばかりなので驚きました。

 現代は、朝起きるとご飯が炊かれ、洗濯もボタン一つで脱水まで行い、買い物は車でちおっとスーパーへ、手元でチャンネルを変えてテレビを見るなど、手間隙が省けて、本来時間に余裕が出てきたはずなのに、時間のすきまに様々な情報が入り込み、その情報で右往左往させられているのが現代かも知れません。
「宿題は」「プリントは」「試験は」「忘れ物は」「先生は」「塾は」「ご飯は」「急いで」「早くしないと遅れる」う〜ん。これが今時の一般的な家庭の会話なのかも。だとしたら反省も含めて淋しいですね。何か他に話題ないの、僕にも言わせてよ。と思っているかも知れません。

 「あせらず、ゆっくりが」私の今年のテーマですが、「横並びの同一志向社会」では不安感が残るのも当たり前なのかも知れません。

 「狭い日本そんなに急いでどこに行く」今から40年前のあるコマーシャルの一節だと思いますが、高校の先輩が口にしていたことを思い出しました。また、「飛び込むな車は急に止まれない」をもじって「飛び込むな家は急にどけられない」などのジョークもとばしておりました。昭和45年前後日本全国総車社会の始まりが今の世の中を大きく変えたことは間違いないでしょう。

 あせりは禁物
 
 ゆっくり休みたい方、この夏当山本堂で、ごろ寝はいかがですか。日にち相談にのります。
「いいきもち!」になってみませんか。メールでの問い合わせも可。
   0233-22-0433円満寺寺務所



6月18日(日)
 東京浅草の待乳山聖天本龍院のご住職様はじめご一行39名が当山のお聖天様にお参りに来られました。
東京駅集合で、新庄には12:39着、バスで当山へ。
 茶の接待で、寺庭夫人作の、ゼリーとずんだ餅を出したところ大変好評でした。
 なにやらレシピを聞いていたようです。

全員の集合写真 質問に答える私です。

6月16日(金)
 サッカー残念でしたね。次戦はきっと勝つでしょう。ガンバレ日本!
 さて、心和む、ほっとする絵をいただきました。町内の笹原 和さんというかたからです。玄関を開けると正面がミニギャラリーになっていて、回覧板を持っていった時いつもその絵に目がいってしまいます。そうするうちに「そんなに気に入ったなら」といってお寺に持ってきました。
 遠慮気味にしっかりといただきました。「いい気持」は私に、「今日もさわやかに」は家内にということでした。今のところ玄関に飾っています。
      
 皆さんどう思いますか。

6月9日(金)
 6月6日・7日一泊二日で、関東三大本山参りに行ってきました。
 当山は真言宗智山派に属しています。総本山は、全国約3000ケ寺の筆頭として智積院があります。なぜか3つある大本山がすべて関東にあります。さらに、別格本山が東京日野市にある高幡不動、そして名古屋にある大須観音です。3大本山を、八王子の高尾山、川崎大師、千葉の成田山という順序で参拝しました。やはり同派のお寺の参拝ということもあり、普段のお参りでは中々見られない襖絵や内仏殿なども案内していただき、参加者も喜んでおりました。ました。
 高尾山は、急な勾配のケーブルカーで登り、杉木立を歩くとまさに霊山です。お護摩のあと精進料理をいただき
山の雰囲気を味わいました。
 川崎大師では、新たに祈祷殿を国道沿いに、参拝者用駐車場と共に建てられていました。
 成田山では、開創1070年祭に向けて、山内整備が進められ、総門建立の工事が始まっていました。
 三山のパワーをいただき、参加者も満足、満足。
高尾山の奥の院です。
急な階段を登ると極彩色豊な
建物に驚かされます。この脇か
ら登山道が続いていました。
 川崎大師の本堂です。毎年正月
三が日で、300万人もの参拝客を
受け入れします。
 すでに、来年十一月の完成をめ
ざして工事が始まった総門の完成
予想図です。

6月4日(日)
 6月2・3・4日、酒田市で高校総体があり、仕事の合間を縫って次男の試合を見に行きました。

5月31日(水) 
  6月1日から2日にかけて、「全国教誨師連盟創立50周年記念」の全国大会が、東京高輪プリンスで開催され出席しました。記念講演はニュースキャスターの筑紫哲也氏で、 テーマは「現代と人間―つながりを生きる―」でした。同じく翌日のシンポジウムで、ジャーナリストの江川紹子氏が「市民が矯正と教誨に期待すること」と題してお話しをしてくれました。講演等の内容は、いずれメモしてきた範囲ですが載せたいと思いますので、少々お待ち下さい。

5月27日(土)
 明日小学校の運動会をするところが多いようです。新緑のすがすがしい季節に楽しんでもらいたいと思います。天気予報では、曇り時々雨、降水確率50%とありますが、お弁当のこともあり中止にならないといいですね。
 ところで、一昨日の25日境内で朝早くからウグイスのホーホケキョの鳴き声がして思わず外に出て探してみました。ようやく見つけたら、枝jから枝にぴょんぴょん動きまわり、枝や葉の影に隠れ、中々シャッターチャンスがありません。何とか写っていたみたいなので下にアップしました。
 写真の中央にちょっとだけ写っているので分かりにくいですがようく見れば何とか・・・・・。

5月23日(火)若干疲れが残っています。
 午前中、あるおばあさんがやって来て「生きているのがいやになった」というので、「何で?」と聞くと、孫に昔の苦労話しをしたら何回も聞いたから聞きたくないと言われ、大事なことを話しているつもりが、うるさがられて「もう生きているのがいやになった。」ということでした。
 人は自分の思い通りにならないと面白くない生き物で、自分の感情を相手に押しはめてしまうことがよくあります。人間は「千差万別」ということをつい忘れてしまいます。しかし、人間としてして良くないこともたくさんあります。相手を馬鹿にすること。相手の命を奪ってしまうことです。最近よく子どもが事件に巻き込まれています。とても残念です。地域での連携がとても大切です、隣近所を大切にしましょう。
 そして、おばあちゃんには、また、面白くないことあったらお参りに来ればいいといって、太鼓をたたいて拝んでやったら、ああすっきりしたといったので、毎月一日と十七日の朝7時、大護摩を焚いているから、時間があったらお参りにきたらいいよ」と言ったら、また来るといって帰っていきました。
 自分ひとりでは、中々解決しないものです。話しているうちにだんだん整理がついてくることがよくあります。
 「お金の相談にのることはできませんが、困りごとや相談ごとのお話しは、秘密厳守でお聞きします。」
0233-22-0433電話で事前に予約してください。

5月21日(日)弘法大師御影供養(当山の青葉まつり)
 このご縁日に、円満寺第二十八世住職の晋山式と歓喜天堂の改修落慶法要と一気に三つの行事を行いました。天候も晴天で円満寺晴れとは、役員の皆さんのお話しです。
晋山之疏奉読
住職謝辞

5月16日(火)
 山形刑務所教誨
   智山勤行式読経
   ワールドカップ選手選考についての感想
   経典の 懺悔の文の説明
         我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡
         従身語意之所生 一切我今皆懺悔

         悪業の源は「貪瞋癡」(むさぼり・いかり・ぐち)によるものである。その表現力が身業・語業・意業
        によるものだ。それらを今一切懺悔して、仏の教えに従う誓いの経である。ことをお話ししました。
         
        いつも最後は、周りに対する感謝の気持ちを忘れてはならないというお話しをします。

5月9日(火)〜10日(水)埼玉の従兄弟の奥さんと息子さんが、父のお墓参りに来ました。山尾順紀HPに掲載有。
5月6日(土)〜7日(日) 地区高校総体
5月4日(木)〜5日(金) 秋保温泉泉明寺薬師祭典助法

5月1日(月)

 当境内の桜もようやく咲きました。例年4月29日には町内の花見をするのですが、そのとき境内の桜を切って公民館に飾るのですが、今年はできなかったのですが、29日、30日と晴天が続いたため一気に花が開きました。日本人にとって桜は格別のような気がします。パット散る潔さが良いという人もいますが、理由はともかく桜のない春は考えられません。そう思いませんか。
 さて、今日一日は大護摩奉修の日です。近所のおばぁちゃんがお参りに来ました。今日間に合わなかったと言う人が後からお参りに来ました。
 ところで、今こんなことを考えておりますのでよろしかったらご利用下さい。

 「お金の相談にのることはできませんが、困りごとや相談ごとのお話しは、秘密厳守でお聞きします。」 ということです。

「因果応報(いんがおうほう」 結果にはそれなりの原因があるという意味です。人にお話しを聞いていただくだけで、問題の原因がなんだったのかよく整理されるものです。よろしければ、先にお電話で予約してください。0233-22-0433

4月26日(水)
 「無駄に無駄なし」 
 先日、次男との会話の中で、「そんなの無駄だ」という言葉が返ってきました。「でも、無駄が無駄だと教えてくれたことは、そのものが決して無駄ではない証だね」というと、「なるほど」といってくれました。確かに無駄なことははたくさんあります。が、無駄の基準を教えてくれているとなると無駄ではないということになります。
しかし、物を大切にしないなどの「無駄なこと」は避けたいものです。物も何らかの使命をもって世に登場しているのに無駄使いのためだけに存在するのはちょっといかがなものか。

 4月10日(月)
 今年の春は中々暖かくなりません。東京でも例年より桜前線が早いといっていたのが、ここきて鈍っているようです。新庄もやはり寒いです。好天が中々続きません。
 さて、7日に中学校と高校の入学式があり、内の次男は剃髪して入学式に臨みました。体育館に入ると周りが一瞬どよめいたとは、付き添いの母の感想でした。中学までの諸々を捨てて、新たな門出とは本人の弁。一度得度式で剃っているので抵抗がないようです。

 4月8日はお釈迦様の誕生日です。以前寺で保育園を開園していた時は、8日が入園式でお釈迦様に甘茶をかける行事を行っていたのを思いだいました。今は、子どもたちも少なく、また、大変忙しく外で遊ぶ声が年々少なくなっていくような気がします。子ども同士、先輩後輩の中で鍛えられたり、教えられたりする場面が多かったと思います。しかし今は中々交流できません。それがいわゆる「地域の教育力の低下」というのでしょう。
 時代の変化に対応した地域の教育力を生み出す寺にして行きたいと思っています。

 4月5日(水)
 北九州市門司区にある西蓮寺の僧侶、川村妙慶(みょうけい)さん(41)のホームページ(HP)が人気だ。ブログ(日記風インターネットサイト)に掲載する法話やメールによる相談が好評で、寄せられるメールは月に700件超。川村さんは「気軽に仏教の教えに触れて、心の支えになれば」と話している。(西日本新聞)
 今朝のYAHOOの見出しに寄せられるメール700件とあり、クリックすると上記のような内容が出てきました。同じ僧侶として凄いなと思います。そして早速HPを覗いてみました。僧侶、アナウンサー、華道家というマルチな才女でした。ブログも聞く法話も素晴らしいものでした。皆さんもぜひ訪れてみてはいかがですか。講演依頼が多数というのも納得。こうした僧侶がいることは、私にとってとても励みになります。

 さて、毎日毎日が早く過ぎていきます。年とともに早くなるといいますが実感です。
 今年は「ゆっくり、あせらず」をテーマに行動しています。信者さんを訪れるとき次の仕事のことばかり考えて本当に相手の立場で考えてないと思い、「おっさん一服飲んでいげ」これは、お茶を一杯飲んでいってくださいという意味の言葉ですが、今は「んだが」(分かりました)といって茶の間に上がって四方山話しをしていると、普段の表情とは違って、家のことや嫁のことや子どもの問題など生々しい話しをしてくれます。ありがたいと思います。ほかの人に話せないことを、僧侶という看板に話してくれるのだと思います。よく聞くと双方に問題があるのがほとんどですが、自分に話すことで気が紛れるのであればそれも良しとしています。
 
 現代社会は、ON・OFFの世界で、すぐ結論が求められ経過より結果オーライの状況のような気がします。経過を大事にするということは、それぞれの人生を大切にするということなのですが、立ち止まりが許されない社会はまともな人間が、錯覚に陥る社会でもあります。世界的大企業の周りの病院の心療内科に通院する人が多いという話を先日聞き変に納得してしまいました。

 話しが変わって、7日(金)の日は次男の高校入学式です。親ばかですが、親であるということは素晴らしいことだと思います。長男、次男共に得度をしていますが、僧侶とは人が中々体験できないことを体験できる素晴らしい仕事だよと、独り言を言い続けているのですが、将来どんな僧侶になるのか楽しみです。おそらく親に反発するでしょう。それもまた、楽しみです。

 ちょっと長くなりましたが次回よろしくお願いします。

 3月26日(日)
 「今日彼岸菩提(さとり)の種を蒔く日かな」この句を結構使わせてもらっています。宗派の宗報に載っていました。18日からの彼岸入り、そして24日の彼岸明けの一週間、どんな生活だったでしょうか。当寺では彼岸の入りが醤油団子、中日が混ぜご飯、明けがきな粉団子です。ちなみに、ご先祖様が帰るときに汁がたれないので持って帰りやすいとの言い伝えによるものです。葬儀や法事、お参りの仕方、団子の数など地域地域の風習があるので、それはそれで大切にしたいと思います。
 3月13日に東京浅草の「待乳山聖天」のご住職一行3名が来山し、6月に年に一度の信者さんとの「聖天めぐり」の打ち合わせに来ました。帰りに新庄の酒「最上川」(ワーコム農法)純米吟醸をあげたところ、「待乳山」というお寺で新潟で作ってもらっているお酒を送ってくれました。ちなみに当寺でつくるとしたら「小杉山」か「歓喜天」などと勝手に想像しました。まじに一考の価値がありそうです。
 次回大護摩奉修
  4月1日(土)、17日(月)午前七時の予定です。参加料なし。自由参拝です。先日の17日は若いお嬢さん2人で来て、すっきりしたといって帰っていきました。
 もやもやや心配ごとなど大護摩で払いましょう。


3月12日(日)高校受験終了 受験生や親はどんな心境かな。
 さて今、ホームページのリニュアールを考えています。どんなのがいいのか思案中です。「円満寺」をだすといきなり住職手帳がいいかななどと思っています。これまでだと他のスタイルに習って、寺の歴史とか、行事案内とかが中心でしたが、やはり日々の動きが分かる住職手帳を全面に出して、見てくださる方を大切にしていきたいと思っています。でもまだまだ未熟なので、プロバイダーと相談します。
 もっともっと写真も載せられるようしたいです。
 もう少し時間を下さい。 


3月8日(水)高校受験2日前です。
 さて、オリンピックも終わり、いよいよ人事を始め異動、移動シーズンになりました。あっという間に4月に突入という感じです。
 今月は、3月6日旧初午、17日大護摩奉修、18日旧二の午(彼岸入り)、21日中日で檀家総会を行います。昨年の収支と事業報告(歓喜天堂の改修工事関係等)を行います。それに町内の役員会、子ども会の反省会、町内総会、それぞれの案内状の発送と時間に追われています。
 前に本山の宗報に彼岸の中日に「今日彼岸菩提(さとり)の種をまく日かな」という句が載っていました。節目節目に行いを正し、今在ることを祖先に感謝する行事は、大切にしたいものです。



2月26日(日)
 オリンピック荒川静香さんの金メダル凄かったですね。トップになる時というのは、なんとなく、無心が伝わってくるような気がしたのは、私だけではないと思います。とにかくおめでとう、日本人のため息を歓声に変えてくれた感動的な場面でした。また、スキーの皆川選手惜しかったですね。今回出場したオリンピック選手、カーリングもそうでしたが、たくさんの夢と感動と勇気を頂きました。来週から寝不足解消ですが淋しくもあります。また4年後頑張ってください。

3月1日朝7時に、高校合格祈願の大護摩奉修します。


2月21日
 2月17日(金) 円満寺歓喜天初縁日が今年も大勢の皆様のご参拝を賜りありがとうございます。
 さて2月16日に行事の案内として、新聞折込を毎年出しておりますが、今年の内容は次のようことを書きました。

平成十八年初縁日

      「良心」

 本年はひと月早い雪の中で新年を迎えました。一月五日小寒から節分まで寒行を行い、裏の路地が昔を思い出すような雪高な所もありました。またご浄財は、境内の維持補修に使わせていただきます。ありがとうございました。 
 さて、今年は丙戌年、どちらかというと番犬というより、猟犬といわれ、目標に向かってまっしぐらとも言われています。年初めより世を揺るがすライブドア関係者の逮捕で株が暴落、情報が入り乱れ耐震偽装が忘れ去られそうですが、事人間の安全に関わることなので対応をしっかりしてもらいたいものです。
 そこで最近欠けているのが「良心」ではないかと思います。辞書では「良心」は善悪をわきまえ、自分の行いを正しくいいものにしようとする心の働きとありますが、自分と周りの人との間を大切にする心の原点でもあります。自分だけが良ければとか、周りがどうなってもいいなどという心はとてもさみしいものです。周りに迷惑を掛けないという心掛けは大切ですが。迷惑を掛けなければ何をしてもいいとはならない気がします。「人が見ていないときは、仏様が見ているよ」と教えてくれた先輩僧の言葉は三十年経っても常に心に問いかけてきます。ありがたいものです。
 今年一年の皆様の無病息災と初縁日ご参詣によるご勝縁をご祈念申し上げます。
 円満寺シリーズ第100号とします。
 平成18年丙戌2月吉日      新庄聖天 円満寺住職 山尾順紀 合掌
                                電話(22)0433

 といった内容で、前住職が90号ぐらいまで出して、その後を引き継いでいます。年2回(初縁日と夏祭り)のチラシも50年続いたことになりますが、過去のすべてあればいいのですが途中抜けているようです。どんな感じかは下の写真をご覧下さい。

2月7日北方領土の日

 さて、前回の質問の答えですが、

 お花を上げるときは、はじめに仏様、ご本尊様に向けてお花を見ていただいて、私(仏様ご先祖様)はあなたの清々しい気持ちを頂きました。皆様にもその清々しさを伝えてくださいというお許しを得てこちら向きに直すのですよと。
 また仏様は、常に裏表なく見通す力があるので私(仏様)を拝むときには、お花がきれいだなという素直な気持ちになりなさいと静かに教えてくださっているのですよ。
とお答えしました。
 お花を上げるという尊敬の念。先祖や仏様を大切にするという素直な行いがとても大切で、周りを思いやる心に相通ずるものでもあります。
 答えになったかどうか分かりませんが、こんな会話がありました。

1月31日(火)
 睦月も今日で終わりです。2月3日が節分で4日が立春、2月17日が歓喜天の初縁日でおさいどとなり、この日が過ぎると本当に春が近づいてきます。
 さて、先日法事のときに、81歳になるおじいちゃんが、「おっさん(住職のこと)、仏さん上げるお花をなんでわしらに向けるのか」という質問を頂きました。質問を受けるときは、おっさんが答えられる内容にしなさいと言っているのですが、答えられると思ったのでしょう。皆さんならこの質問にどう答えますか。
 この質問にどう答えたかについては、次回お知らせします。

 『おさいど』 どんな字を書くのでしょうか。『御柴燈』と書きます。これは密教の柴燈護摩が習俗化していったものの一つです。

 
 2月3日 節分星祭 大護摩奉修で厄除け祈願を行います。
           大厄 男子25歳(昭和57年生まれ)
                 42歳(昭和40年生まれ)
              女子19歳(昭和63年生まれ)
                 33歳(昭和49年生まれ)
          還暦    61歳(昭和21年生まれ)

           あと年回りによる厄があります。ご祈祷で厄を払いましょう。

 1月10日
 除雪 ひと月早い雪で、軒下がふさがり、光が全然入らず機械で除雪をしました。後一ケ月あるので、今後が心配です。
 1月9日
 仕事はじめの会社祈祷 新年祈祷来山
 1月8日
 兄の寺(秋保温泉泉明寺)の初薬師の助法(手伝い)に行ってきました。帰ってきて寒修行。

 1月6日 仕事はじめの会社祈祷
  1月5日 小寒 円満寺寒修行入り 午後6時から午後8時まで お経と御詠歌を唱えながら       市内の信者さん宅をまわります。(〜2月3日まで)

2006/1/4

新年明けましておめでとうございます。昨年中は大変お世話になりました。本年度もよろしくお願い申し上げます。
 三が日も過ぎ、今日は御用初め、昨年からの大雪で、初詣に来たから、2月のお柴灯の時の雰囲気だねといわれ、確かにそんな気もします。
本年の年頭法話を、次のような
内容で、歓喜天堂に書いて張りました。

平成十八年丙戌(2006年)

ひと月早い雪に、愚痴をこぼしながらの雪かきに追われながら新年を迎えました。
  昨年は、紀宮様のご結婚に冷や水をかぶせるような、児童誘拐事件などが相次ぎ、残念な年でした。また、マンション耐震偽装発覚で、今もおびえながら暮らしている方々を思うと胸が痛くなります。
 一方、日本経済の株式は、一部の好調な業界に引っ張られるように40パーセントも値上がりし、さらに個人投資家の拡大で、コンピューターが作動しない、間違いも訂正できずに400億の損失など、普段の私たちとは何か別世界の社会が生まれつつあるような気がします。良心や善悪といった失ってはならないものが、どこかに飛んでいってしまったような気がします。

  今こそ、仏教の教えを弘めなければなりません。お大師様(弘法大師)の著書「教王経開題」に「一切衆生ハ皆是レ我ガ親ナリ」とあり、「人はみな多くの人によって生かされている」ということが説かれています。自分のことだけを考えるのでなく、周りに感謝する気持ちがあれば、こうしたことは起こりえないはずです。 本年は戌年 ワン、ワン、ワンがONE,ONE、ONE、俺が、俺がのオンリーワンにならない年にしたいものです。
    平成十八年丙戌正月元旦
                           新庄聖天円満寺 山 主

 


12/16
  明日17日は、納め聖天で、午前11時に大護摩を奉修します。

  1年間あっという間でした。特に今年は、大いなる決断の年でしたので瞬く間に師走を迎え ました。昨日、記者クラブの方々に来ていただいて、私の手打ちそばを振舞いました。これな らお店を出せるなど、好き勝手なことを言ってましたが、いざ、お金を頂くとなると、こうはなら ないでしょう。
  まずそれはさておき、年越しそばが何故食べられるようになったか、日本経済新聞社発行の日経ビジネス文庫の「食に智恵あり」(著者)小泉武夫氏の中に、
   蕎麦は、五臓の停滞物を除くとのいい伝えから、旧年の穢れを去るための年越しそばに   なった。引越し蕎麦は、埃にまみれた体の汚れを清掃する意味がある。
とあり、なるほどと思いました。
 早速、このウンチクを、町内の役員忘年会(14日)と、昨日のそば食う会で使わせていただきました。

平成18年(丙戌)ひのえいぬの
          元旦祈祷の大護摩奉修は
  午前0時
  午前9時半
  午前11時
  午後1時半
    一般祈祷は、随時行います。



11/28
 11月24日、25日上京しました。大学時代の仲間が慰労会を開いてくれました。場所は目黒雅叙園で大変立派なホテルでした。翌日昔の宴会場(今は登録文化財指定)の見学をしましたが贅を尽くした建物に驚きました。

 さて、今月は大変あわただしかったです。
 11月6日 新庄市長選挙告示 11月13日投票
 11月16日 埼玉で従兄弟の本葬
 11月19日 前住職三回忌
 11月23日 「大黒講」  お札、御神酒、昼食付で講費2500円
                     (納豆汁、くるみもち、納豆もち、手打ちそば)
 11月24日〜25日上京 大正大学同期会(15名参加)目黒雅叙園
         衆議院会館、参議院会館に地元選出の先生にごあいさつ
          帰省 枕経 26日通夜
 11月27日 檀家さんの葬儀
  ほかに、七五三、厄除け、交通安全の祈祷と忙しいやらありがたいやら、法話も両方入り 乱れて本人も混乱しました。

 でも、忙しいってありがたいですね。でも忙しいと言いたくない。何故って、「忙」しいという字
は、心を亡くすと書くので、心を亡くさないよう心がけながら師走を迎えます。
皆様も、年末飲みすぎないようお体をご自愛下さい。わたくしも。


10/15
新庄祭りからあっというまの1ヶ月半が過ぎました。祭りが過ぎると秋風が吹いて日に日に寒くなるのですが、なぜか今年は暑いです。燃えているからかも知れません。地祭りなど、朝6時ごろ行きますが、5時半ではちょっと暗いかな。皆さん季節の変わり目、体調に気をつけてください。自分にも言い聞かせています。

 10/5
 お久しぶりです。お寺の住職なのに、政治の世界に手を出してちょっと怠けています。約2ケ月ぶりなのに本人が驚いています。なにせ、政治の世界が忙しくて手が回りませんでした。
ごめんなさい。
 お彼岸も終わり、七五三の季節が来て、雪囲い、初雪そして正月、寒修行、節分、初縁日、春彼岸と一年のスケジュールが頭に入っています。年をとるということは、よくも悪くも、先が見えるということかも知れません。年々一年が早く感じられます。
健康で年をとることが大切だと思います。みんなでラジオ体操で、快適な毎日を過ごしましょう。



大蔵稲荷前に
「おおのぼり会」による鳥居の奉納 7/24









● 8月5日
 暑い夏となりました。今月はお盆で、全国移動の月でもあります。事故などに遭わないよう無事に帰省できることを祈っています。24日から新庄祭りがあり、お盆と祭り派に分かれるようですが、今年は、250年祭ということで市内が盛り上がっています。毎年ですと3日間なのですが、今年は27日を追加して4日間として行います。お隣の町、金山からも一台特別参加するようです。是非「新庄祭」をご覧下さい。お問合せは、メールでどうぞ

● 7月22日  住職手帳久しぶりです。
 来週土日が「歓喜天」お聖天様の夏祭りです。土曜は、神輿に、青竹が涼しい「流しそうめん大会」の行事のほか、町内のビアガーデン、子ども会の出店コーナー、婦人会、老人クラブの盆踊りと盛りだくさんです。本来他の地域の方々も入れたいのですが、町内のお祭り風になってしまったのでこれはこれで良いと思っています。
 日曜日が本祭りで、あさって24日に「大聖歓喜天」ののぼりを立てます。20数名で組織された「おおのぼり会」が協力してくれます。
 歓喜天奥の院の改修工事も順調に進み、現在、基礎の修復が終って、屋根の銅板葺きに入っています。暑いときもあれば、雨の日もあり大変そうです。出来上がりには、さぞきらびやかに光ると思います。
 これまで、プライベート(山尾順紀HP)に追われて、手帳の更新ができなかったことをお詫びします。来月はお盆で、一年が立つのが年々早く感じます。

● 6月10日
 門前掲示板 「6月のことば」

菩薩とは
     上求菩提(じょうぐぼだい)
     下化衆生
(げけしゅじょう)
 自らは悟りを上に求めつつ、他に向かっては、自ら悟りつつ  あるものを伝える人である。 
 お大師様は、自らは慈悲心を抱きつつ、その自分をさておき  他人のために努力することが菩薩の歩む道だと説いています。
  まさに「親切心」に他なりません。心掛けたいものです。     6月21日「心経会」

 今月は、私にとって人生をかけた決断の月となりました。詳しくはリンク  先の「山尾じゅんきHP」をご覧下さい。
ご意見・質問等お待ちしております。

● 5月24日

 
22日、弘法大師の「御影供養」を行いました。参加者は、ご近所中心に40人ほどです。ご接待も手ごろの人数です。
 はじめに、寒修行のお唱えをあげ、次に高野山の御詠歌、そして円満寺の御詠歌、般若心経、光明真言、南無大師遍照金剛をみんなでお唱えし、昼食会に移りました。
今回の料理は、ご飯、舞茸の吸い物、山菜のずんだ会え、あいこのおひたし、酢の物、ごま豆腐、煮物、円満寺特製ゼリー、それに住職の手打ちそばです。右の写真のにそばがつきました。

 歓喜天堂奥の院の修復工事が始まり、長年の風雨などで、地盤が緩んだところを改修し、屋根を銅板に葺き替えます。徐々にご浄財もあり、感謝しています。
 右は揚舞工事写真の一部です。
 



● 4月4日
 境内の東側の杉の木を伐採しました。近年、境内の周りが家で囲まれ、杉枝が屋根よりはるかに高くなり、倒木したり、杉の葉などで迷惑がかからないようにという思いからです。近所の人はもったいないといってくれますが、管理者にとっては、台風や雪や雷などが心配です。跡地には、桜やもみじなどを植えていきたいと思います。



● 3月27日
 昨日、そばを打ちました。始めてから10数年になります。初めのころのソバは太く、短か目でしたが、最近はコンスタントに打てるようになりました。11月の大黒さんのお祭りのときに新そばを振舞っています。
 あまり時間がないので、周りの人のご要望に応えられないのですが、是非という方には、前もって打ち合わせをしていただければ可能かも








● 10月06日 全国教誨師大会(仙台市) 講師 作家 五木寛之氏
 演題「慈の心・悲の心」 慈は励まし、悲は慰め。 戦前戦後ガンバレガンバレの励ましけがもてはやされてきた。どうしようもない時の慰めも必要ではないかという話に感動しました。