ご本尊「五大明王」、昭和43年焼失。平成10年再建されたものです。不動明王を中心に降三世、軍荼利、大威徳・金剛夜叉明王・に囲まれ、「五大明王」が本尊の寺院は極めてまれで、円満寺の格式の高さを示している。
現在は、祈祷は歓喜天堂で、その他供養、法要を行っています。

 


 
淡島さんは遠く徳島より勧請されたもので以前は女性の神様と言うことで針供養なども行われていました。
現在は「出羽路十三仏霊場の虚空蔵菩薩堂」となっています。


           →差し茅中

 


子供の健康を願って建立されたもので親子のお参りが絶えません。





 
五穀豊穣を願って宝暦二年(1752年)に建立されたと棟札に記されている。当時天候が悪く、飢饉が続いたころに合わせると、殿様が領内の豊作を願ったことが伺える。4年後の宝暦六年(1756年)に大凶作から沈んだ領民の心を励まそうと新庄祭りが始まったと言われています。

 
このお堂は元々現在の市役所の東庁舎にあったものを、消防本部設置に伴い当山に遷座されたものです。
字のごとく金運のお稲荷様です。最近の屋敷事情によりかなりの家庭のお稲荷様が合祀されています。
初午、二の午が祭日です。




 
棟札はないが現存する建物では一番古い建物と思われます。茅葺の山門は珍しく、淡島堂、雷神堂とともに毎年差し茅を行っています。
  

    
           差し茅中の山門→

 
山門の両脇や境内あちらこちらに石碑が並んでいます。
特に歓喜天堂前にある石碑は、鹿苑舎を主催し雅号淋山と称した円満寺住職宥勝和尚の「鳥海盤 不二農須賀多也春乃雪」(鳥海はふじのすがたや春の雪)句碑が残されています。現在も遠く鳥海を眺めることができます。
四国西国坂東秩父188ヶ所巡礼記念碑などもあります。